癒し手独神と英傑達 イツマデ編1





イツマデが仲間となり、琉生は上機嫌だった。

疫病を運ぶ忌むべき妖、けれど他の二人に比べたらさほど恐ろしさはない。

「イツマデの羽はさらさらで気持ちいいな。くるまって寝たら至福だろうなあ」

「止めておいたほうがいい、その気になればオレは主様も疫病にかけることができるんだぜ?」

「イツマデが看病してくれるんなら、それでもいいなあ」

「ッ・・・」

イツマデが凄んでも、琉生は全く動揺する様子はない。

そんな態度をとられるとどうしていいかわからなくなり、イツマデは言葉を続けられないでいた。



この妖は、こうして人と接することがなかったのだろう。

だから、思いがけない好意を受けると露骨に戸惑う。

からかいがいのある相手といえ言えば失礼だが、つい困らせたくなってしまう。

ほのぼのとしているところへ、カァ君が慌てた様子で飛んできた。



「大変でございます琉生様!村に流行病が蔓延し、人々に感染しているようなのです」

「悪霊の仕業?」

「はっきりとはわかりませんが、黒い影を見たとの噂が立っておりまして・・・」

カァ君は、ちらりとイツマデを見る。

「わかった。イツマデ、一緒に来てくれ」

「ああ、疫病とあらば楽しみだなあ」

本調子に戻ったように、イツマデは怪しく笑っていた。





琉生がイツマデと共に村を訪れると、人の気配がなく静まり返っていた。

正しくは、人はいるが気配はしない、それらはすでに生気を失っている。

「疫病はいいが、死体は見たくないもんだな」

「どういう意味だ?」

「死体になったら、苦しんでる顔を見られないだろ?」

素直な回答に、非情だと思うが安心する。

まさか、死んでしまったらかわいそうだから、なんて答えが返ってきたらそれこそ異常に思ったことだろう。



村を探索すると、ふらふらと壁にもたれかかっている女性を見つけた。

黒い影のことを聞こうと、琉生は女性に近付く。

「あの、ちょっとお尋ねしたいことが・・・」

女性は肩で息をしていて、とても話せる様子ではない。

琉生はさっと手を女性の額に当て、目を閉じて念じた。

淡い光が、琉生の手から伝わっていく。

数秒で光がおさまると、女性は目を丸くして琉生を見た。



「息が楽に・・・」

「僕は疫病の原因を探しているんです。心当たりはありませんか」

そこで、女性はイツマデに気付き、ひっと悲鳴を漏らす。

「そ、その黒い羽・・・それを見てから村の人は体調が悪くなって・・・まるで、祟みたいに」

琉生が、イツマデの方を見る。

「ククッ、そういえば最近、ここらを飛んだことはあるなあ」

面白がるように笑うイツマデに、琉生は何も言わない。



「あの・・・どうか、他の者の手当もお願いできないでしょうか」

「わかりました、もっと手がかりが欲しいので。・・・イツマデは、周囲を警戒していてくれ」

「病原菌を遠ざける、イイ判断だな」

イツマデは飛び立ち、屋根の上から琉生を見下ろす。

琉生は女性の後につき、村の奥へ歩いて行った。





琉生が村から出てきたのは、数時間後。

姿を見て、イツマデが隣に降り立った。

「悪霊らしき奴はいなかったぜ。それにしても癒やし手は大人気だな、疫病をばらまく奴とは真逆・・・」

イツマデが言葉を終える前に、琉生の体がぐらりと傾く。

前のめりに倒れそうになる体を、イツマデはとっさに支えた。



「ごめん・・・運んで、くれ・・・」

まるで、疫病を肩代わりしたように疲弊している。

イツマデは琉生を横抱きにし、社へ向かって一直線に飛んだ。





社に着くと、イツマデはすぐに琉生を布団に寝かせる。

呼吸が弱々しく、このまま音が消えてしまうように細い。

「主様・・・」

イツマデは琉生へ手を伸ばしたが、届く前にさっと引っ込める。

自分が触れれば、疲労感が増すのではないかと。

何もすることができず、イツマデは側を離れようとする。



「待って、イツマデ・・・違うんだろ?疫病をまいたなんて・・・」

か細い声で呼ばれ、イツマデはその場に留まる。

「・・・オレの本心は、人々が怯え苦しむ顔を見たいって思ってる。

そんな奴が、違うって言っても信じられるか?」

「信じるよ・・・」

即座に肯定され、イツマデは言葉に詰まる。



「僕の、ただの願望だけど・・・イツマデのこと、信じたい・・・」

イツマデは、琉生の想いに応える言葉を持っていない。

無条件で自分のことを信頼してくれる、そんな相手に接したことなんてなかった。

嬉しい、という感情はある。

けれど、それを表現することができないでいた。



琉生は、黙っているイツマデの腕を軽く引く。

「羽に・・・くるまって眠りたい・・・」

「こんなときまで、そんなことを・・・本当に悪化するかもしれないぞ」

それでも、琉生は腕を離さない。

イツマデは観念して、隣に寝転んだ。

羽を広げ、その上に琉生の体を乗せる。



「ん・・・重たく、ないか・・・?」

「人の髪と同じようなもんだ、気にしなくていい。それより、もうおしゃべりは止ておけ」

早く休めと言っているのと同じ、遠回しな不器用さを感じる。

琉生は羽に頬ずりして、静かに目を閉じた。





さらさらした感触を感じつつ、琉生は目を覚ます。

隣にはまだイツマデがいて、寝息を立てて眠っているようだった。

これはいい機会だと、琉生はイツマデの腕に寄り添う。

じんわりとした温もりに、またうとうととまどろむ。

そうしていたところで、イツマデが薄っすらと目を開けた。

驚かせてしまうかと、琉生は微妙に距離を置く。



「おはよう。イツマデ、ずっと側にいてくれたんだな」

一眠りしたらあらかた回復したのか、琉生の声ははっきりとしている。

「ああ・・・羽を下敷きにされて、動くに動けなかった。・・・それに」

イツマデは、そこで言葉に詰まる。

言いたいことがあるのかと、琉生はじっと待っていた。



「・・・それに・・・主様は・・・オレのことを、信じてくれたから・・・」

イツマデの言葉を聞いた瞬間、琉生は胸を打たれたような衝撃を覚えた。

とても小さな声だが、はっきりと耳に届いた感謝の言葉。

言い慣れてなんかいないであろう発言、それを伝えてくれた。

何かを思う前に、琉生はイツマデの首へ両腕を回す。



「主様・・・?」

それは、ほとんど反射的な行動だった。

横になったままのイツマデに身を近付ける。

そして、言葉を伝えてくれたその個所へ、重ねていた。

「ッ・・・!」

大いに驚いていても、イツマデは驚愕の声を発することができない。

琉生はじっと目を閉じ、想いのたけを伝えるように触れ合わせていた。



ものの数秒で、身を離す。

衝動的な行動だった。

素直な言葉を伝えようとするイツマデが、愛しく感じられて仕方がなかった。

「あ・・・ア・・・」

衝撃が強すぎて、イツマデは何も言えなくなっている。

そんな様子を見せられると、理性のタガが外れていた。



「今夜、二人を悪霊討伐へ向かわせる。社が手薄になるから、イツマデの部屋へ行っていいか」

「オ・・・オレの、部屋に・・・」

「悪霊に奇襲されたらひとたまりもない、護衛だよ」

護衛という体裁を作っていると、わかりやすすぎるだろうか。

けれど、今のイツマデに真意を読み取る余裕はなかった。